藤井聡太七段(左)の深いお辞儀
悲願を達成した勝利の瞬間、深々と頭を下げた。負けた時は潔く、勝った時は相手への敬意を表し、より深く。藤井聡太新棋聖(17)は対戦相手に、そして将棋に対して礼を尽くしてきた。通算185回目となった勝利のお辞儀。目の前にある盤よりもさらに低い位置まで位置まで下げた頭は、日本中を驚かす最年少タイトル獲得へと導いた謙虚さを示す、何よりの証拠だった。
【動画】深々とお辞儀をする藤井七段
世の中の負けず嫌いが集まった、と言ってもいいようなプロの将棋界。当然、藤井棋聖も筋金入りだ。幼少期から、将棋に負けると大泣きして悔しがったというエピソードは、これまで何度も語られている。プロ入りしてからも、あどけなさが残る中学生時代は、対局中に自らの太ももを強く叩いたこともあった。今でも自身の劣勢、敗勢を悟った時は、がっくりと肩を落とす。プロ入り4年目で、わずか34敗(185勝)しかしていないが、がっくり過ぎるほど“がっくり”する様は、ファンにはお馴染みにもなっている。また、はっきりと敗勢になってからも、すぐに投了することはない。むしろ長い。大逆転を狙うというよりも、敗戦も受け入れるのに時間がかかるのだろう。詰将棋でも随一の能力の持ち主であることから、最終盤で自分が負けていることは、一目見ればわかる。それだけ「負ける」ことが受け入れ難いのだ。
人は勝負事で、勝つ時よりも負ける時ほど人柄が出るという。ぎりぎりまで負けることに抗った上、ようやく気持ちの整理がついたところで「負けました」と、しっかり言う。日頃から取材をしている報道陣であればよく知るところだが、藤井七段は決して声が大きいタイプではない。カメラマンのシャッター音が重なるということもあるが、対局後に決まって行われるインタビューも、マイクがなければ到底聞き取れない。この点については、14歳2カ月でプロデビューしたころから、あまり変わらない。インタビュー慣れはしたのか、質問に対して答えるスピードは上がったが、ボリュームにはさほど変化がない。ただ、投了を伝える言葉は、相手に聞こえるようにはっきりと言う。実に潔い。
将棋に対してどこまでも真摯であることは、対局後のお辞儀に最も現れる。とにかく低い、深い。戦いの最中は前かがみになり、盤にのめり込むような体勢になることも多いが、お辞儀した頭の位置は、盤より低い。対局者からすれば、後頭部どころか首筋まで見えるほどだ。負けた時は自分が先に頭を下げることになるが、勝っても負けても相手より先に頭が上がることがない。プロ入り以来、ずっと目標に定めてきたタイトル獲得が決まった瞬間も、その姿勢が崩れることはなかった。
将棋に対して、努力して強くなるというよりも、共に生きて強くなっているタイプだ。生活の中に将棋があるのではなく、将棋の中に自分が生きている。そんな感覚すらある。将棋のことを考えている方が、ニュートラルなのかもしれない。「なくてはならないもの」というレベルを超えている将棋という存在について、感謝の心を忘れない。だから毎回、深くお辞儀する。
将棋の強い「藤井くん」は、プロの棋士として活躍するに連れて「藤井さん」になり「藤井先生」になった。公式の場では段位をつけて呼ばれてきたが、今度からは「藤井棋聖」になる。もちろん、将来には竜王、名人といったビッグタイトルで呼ばれる時も来るだろう。ただその時が来ても、きっと「藤井くん」の時と同じく、礼を尽くしてまた深く頭を下げる。