[ロンドン発]英軍は中国の海洋進出を牽制するため最新鋭空母クイーン・エリザベス(満載排水量6万7669トン、全長284メートル)を中心とする空母打撃群をインド太平洋に常駐させるオプションを策定したと英紙タイムズが報じました。これをどう見るか、香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官におうかがいしました。
「日本は世界で唯一、外国の空母を受け入れている」
木村:英紙タイムズが最近、空母クイーン・エリザベスが来年、日米合同軍事演習に参加して、その後も、英空母打撃群がインド太平洋に常駐する選択肢を策定したと特ダネで報じました。
香田氏:その報道自体は今回が初めてではありません。(2017年12月に)クイーン・エリザベスが就役して、艦載機のF35B(ステルス戦闘機、短距離離陸・垂直着陸型)の訓練をアメリカで始めたころからあちこちの報道ではありました。
英空母打撃群を極東に常駐するということに関しては、日本の経験から懐疑的でした。アイデアとしては良いのですが、問題は本当にできるかどうかです。日本から言いますと、日本は世界の中で唯一、外国の空母を受け入れている国です。
日本は1973年からアメリカの歴代空母、ミッドウェイからインディペンデンス、キティホーク、ジョージ・ワシントン、ロナルド・レーガンまで、米海軍の前方展開空母に横須賀基地を提供してきました。これは大変なことです。
英空母打撃群が極東に常駐するということについて言うと、戦略上は日本として大歓迎です。しかし現実的には解決しなければならない問題が日本の経験から言うとものすごくたくさんあります。それをイギリスがどうのように解決するか、ということが重要になります。
「空母を使って戦争をした国は米英と日本だけ」
木村:オーストラリアもアメリカの空母を受け入れたことはないのですか。
香田氏:まったくありません。なぜかというと、空母には護衛する部隊が必要です。要するに空母打撃群が常駐するということは、日本の場合では護衛の巡洋艦2から3隻と駆逐艦6から8隻を含めワンパーケージで受け入れる必要があります。
しかも空母には航空部隊を搭載します。航空部隊も受け入れて、その基地を提供して後方支援もします。なぜ世界で日本だけかというと、本当に空母を使って戦争をした国というのは歴史上、アメリカと日本とイギリスしかありません。その日本の経験と日本海軍が建設したインフラが重要なのです。
それでアメリカは日本の横須賀港にいます。というのは空母も緊急時に収容できる乾ドックが1つ、巡洋艦と駆逐艦を専用に入れる乾ドッグが2つあります。それに付随する航空基地も日本には厚木(神奈川県、米海軍)と岩国(山口県、米海兵隊)にあります。
70機、80機の空母搭載機を一気に引き受けて日本に展開できます。練度が落ちないように発着艦訓練だけではなくて、戦術訓練も含めて全部できます。しかも燃料と弾薬を安全に貯蔵できるということを含めた時に、空母を受け入れられるのは世界中に日本しかないのです。
だからアメリカの空母は日本に展開しているわけです。イギリスも、ドイツ、イタリアも、現在日本が提供している水準の総合的な支援は提供できません。ですからアメリカは11隻の空母のうち、ロナルド・レーガンだけ日本、あと10隻は本国を母港としています。1973年のミッドウェイの時からそうです。
「空母打撃群を受け入れる環境づくりが宿題」
木村:空母打撃群の一時寄港というのもできないのでしょうか。
香田氏:船が寄港するということと基地を置くというのは全然、質が違います。日本政府は機動展開する米海軍部隊を在日米軍に位置付けていませんので、在日米軍の人数に第7艦隊は含めていませんが、第7艦隊も入れると3万人程度の米海軍部隊が日本に展開していると思われます。
イギリスがクイーン・エリザベスもしくは姉妹艦の空母プリンス・オブ・ウェールズ(昨年末に就役)をアジアに展開しようとすると空母と護衛艦を合わせて5隻、それと搭載の戦闘機が24〜25機、ヘリコプターを含めて計40機程度をどこに置いて、どういう後方支援を受けられるか、という問題が最初に浮上します。
空母の展開には護衛艦が必要になる(英海軍HPより)
今、横須賀と佐世保にいるアメリカの軍艦というのは、原子炉関係を除きアメリカ本国と同レベルのメンテナンスを全て受けられます。米軍の後方支援能力を支える日本の造船・防衛産業基盤があるからです。しかも展開先である日本は、強力な自衛隊がしっかり守りますから、米軍は自分たちの基地を守る心配は要りません。
自分たちの任務、すなわち空母打撃部隊による攻撃ということだけを考えればいいわけです。そういうことを全てそろえる環境をイギリスが、インド太平洋地域のどこにどのように作るのかということは大きな宿題だと思います。戦略構想としてイギリスが一定期間にせよ常続的にせよ、インド太平洋に展開するというのは非常にいいことです。
しかし克服しなければならない問題も相当あるということです。もちろん、日本も大きな枠組みの中で、能力に応じた支援はするでしょう。
「英空母は海上補給が可能」
木村:来年の日米合同軍事演習にクイーン・エリザベスが来る場合、どこに寄港するのでしょうか。
香田氏:日本もイギリスもアメリカの同盟国ですから、本土から展開する場合、アメリカと協調すればどこに寄らなくてもできます。洋上給油や補給を受けられますから。タンカーや、弾薬、食料を積んでいる船からもらえます。しかし、一般的に言うとおそらく展開途次にシンガポールかマレーシアに1回寄るでしょう。
あとバーレーンとかフィリピンのスービック湾、ベトナムのカムラン湾に寄る可能性はあると思います。特にフィリピンとベトナム寄港の政治的意味は大きいといえます。このように寄港地オプションはいくらでもあります。インド太平洋地域、さらに日本まで来るというのは全然問題ありません。
「イギリスは1967年、スエズ以東から撤退した」
木村:どの時期の日米合同軍事演習か分かりますか。
香田氏:それは分かりません。これから、政府間で具体的な協議、調整を始めることだと思います。
木村:イギリスのファイブパワーズ(5カ国防衛取極)、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアとの取り決めはまだ有効ですか。
香田氏:それは有効です。今でもイギリス各軍の部隊は時々、この地域に展開して相互の訓練をしています。イギリス海軍も1967年にスエズ以東から撤退したとは言っても何年かに1回は、昔の言い方の極東、つまりインド太平洋に展開して各国と訓練しています。
それをさらに格上げするという意味では(空母打撃群のインド太平洋展開は)大きな意義を持ちます。
木村:日本の海上自衛隊と英海軍の交流が行われています。この延長線上にイギリスはインド太平洋への海軍力の展開を考えているのでしょうか。
香田氏:これは一義的にはイギリスの戦略です。中国の海洋進出が大きな問題です。この観点からは、やはりアメリカ以外の国、特に地域外の国、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の役割は大きいと考えます。
フランスは太平洋に小さな部隊を置いていますが、小とはいえ常駐部隊の存在感は大きなものがあります。その意味からは、イギリスの空母が来るというのは非常に大きなことです。
日本ではアメリカの空母が横須賀にいますから、アメリカの空母と常に訓練しています。そこにイギリス空母部隊が入ってくるとカラーが違いますので、より戦術面の応用範囲が広がります。中国に対してもきちっとした信号を送ることになります。
「いずも」と「かが」をF35Bの運用艦に改造
木村:F35Bコミュニティーというか、米海兵隊の構想で強襲揚陸艦とF35Bを組み合わせた運用があります。海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦(DDH)「いずも」のほか、韓国、オーストラリアも含まれると言われています。
香田氏:現在、F35Bを採用した国は、本家の米海兵隊に加え、イタリア、イギリス、それと日本(航空自衛隊)の4つです。韓国は検討中ですが、相当大きな手当をしなければなりません。
日本政府はF35B導入を決定しました。岩国に米海兵隊のF35Bはすでに展開しています。そのF35Bを日本の佐世保を母港とする強襲揚陸艦「アメリカ」(以下「ワスプ」級)に搭載して作戦行動に従事しています。
イギリスのクイーン・エリザベスにF35Bが24機搭載というのであれば、岩国に20機程度展開している米海兵隊のF35Bと良い交流機会になります。ただ、作戦上クイーン・エリザベスは海上戦闘を主任務するのに対し、米海軍のワスプ級強襲揚陸艦は両用戦、すなわち上陸作戦ですので、任務上の差異があります。
日本政府は「いずも」と「かが」をF35Bの運用艦に改造しようとしています。「いずも」も「かが」も、もう一隻のF35Bを運用するイタリアの空母カヴールも海上戦闘を主任務とする戦闘艦ですから、ワスプ級強襲揚陸艦とは一味違った、より本格的な海上戦闘訓練の機会になると思われます。
つまり、ワスプ級は米海兵隊を搭載して運用する艦ですが、「いずも」も「かが」もカヴールもクイーン・エリザベスも全部、海上作戦用の艦でということで、米海兵隊やイギリスのロイヤル・マリンが実施する両用戦の主役ではありません。
という差はありますが、将来、海自や空自がクイーン・エリザベスと合同軍事演習をやる価値は極めて高いと思います。
「日本にはマリタイム・エアパワーが必要」
木村:韓国の場合、大きな手当が必要になるというのはおカネがかかるということですか。
香田氏:韓国現有の小型の揚陸艦では、船体寸法と速力からF35Bの極めて限定的な運用は可能でしょうが、全能を発揮させる本格的な運用はできません。日本の「いずも」程度の寸法の艦を最低でも造らないといけません。
さらに、韓国の場合、造っても、運用構想、つまり「どこで、どのように使うのですか?」という問題があります。
イタリアは地中海東部、特に現在のホットスポットであるシリアや黒海を含めてNATO南部海域である地中海から黒海までの第一責任海軍国です。やはりシーパワーとしての航空戦力が必要です。日本も同様に、西太平洋から南シナ海、東シナ海をにらんだ時にマリタイム・エアパワーが必要になるのです。
韓国の場合、北朝鮮相手にどう使うのと言った時にそれならF35A(通常離着陸型)の方がいいんじゃないのという考えが出てきます。韓国はそこの整理ができていないと思います。単に、持ちたい、特に日本が持つから持ちたいというレベルの話ではありません。
木村:オーストラリアはどうですか。
香田氏:オーストラリアの場合、少なくとも海軍にはF35Bを使おうという構想はありません。ただし共同で作戦をする米海兵隊のF35Bを、一時的に、あるいは応急措置として、2隻の新型大型強襲揚陸艦に搭載して使用するのが、豪海軍の構想と考えられます。
F35Bの運用を前提として建造されていないオーストラリアの強襲揚陸艦はスピードも17ノット(時速約31キロ)と、クイーン・エリザベスの25ノット(時速約45キロ)と比べても相当遅くなっています。
日本の「いずも」等の護衛艦は30ノット(時速約56キロ)の高速発揮を可能としています。アメリカのワスプ級は船体、特に滑走路甲板が長いこともあり24ノット(時速約44キロ)ですが、それでもオーストラリア艦よりは高速です。
そのうえで、これらの艦は風に向かって航走して、少しでも発艦速力を稼いでF35Bを運用するのです。オーストラリアやスペインの艦は船体寸法が大きいのですが、遅いのです。あくまで応用動作として米海兵隊のF35Bが必要な時に使えるためのアセットです。
だからオーストラリア自体が、自らの作戦構想としてF35Bを使うことを前提とはしていないといえるのです。
「艦載機を飛ばすには船のスピードが求められる」
木村:飛行機を飛ばす時に風に向かって速い速度で走らないといけないのですか。
香田氏:その通りです。普通の旅客機でも、滑走路において風上に向かって離陸滑走をします。これにより、旅客機の速度に風速が加算されて、離陸滑走距離が短くなり離陸重量も増加させることができます。
航空機の艦上運用もこれと全く同じですが、艦の場合は滑走路である艦自体が風に向かうことにより離陸速力を稼げるのです。
例えば、時速150キロで空中に浮きあがる航空機は無風状態では150キロの離陸速度が必要です。風速20キロの場合、向かい風で離陸すると航空機は130キロで離陸可能となります。
次に、同じ風速20キロでも艦上運用では、例えば艦が40キロの速力で風に向かって航走すれば、この時点ですでに60キロの離陸速力を稼ぐこととなり、航空機の離陸速度は90キロとなります。
簡単な足し算です。ただ、もっと重要なことは、艦上運用で60キロの余裕をもらった航空機が150キロを出せば、より重い離陸重量、すなわち多量の燃料と多数の武器を搭載できるようになる点が、戦闘用航空機の真のメリットです。
これに加えて、クイーン・エリザベスやオーストラリア、スペインの大型強襲揚陸艦ではスキージャンプという滑走路先端を上向きにカーブさせた飛行甲板形式を採用しています。スキーのジャンプ競技と一緒で、これによりさらに揚力を増加させる仕組みです。
クイーン・エリザベスの滑走路先端はスキージャンプ式になっている(英海軍HPより)
長くなりましたが、航空機運用艦にはできるだけ速いスピードが求められます。イタリアのカヴールも28ノット(時速約52キロ)で速く、クイーン・エリザベスは大型のため25ノット(時速約46キロ)とぎりぎりですけれども、最低速力は確保しています。このような艦では高速発揮が基本的な要求性能となっているのです。
木村:空母の艦載機は海軍が運用するのですか。
香田氏:イギリスの場合はどうするのか。フォークランド紛争を含め空母インヴィンシブル級では海軍のハリヤーと空軍のハリヤー、勿論、細部仕様は異なりますが、両者の混用だったので、混用にするのかもしれません。
特にイギリスは空軍もF35Bを採用していますので、海空軍が柔軟に搭載運用をすることが考えられますが、細部の情報は入手していません。
木村:日本の場合は海上自衛隊一本ですか。
香田氏:日本ではF35Bの運用は航空自衛隊でやります。一つの考えではありますが、大きく割り切ったチャレンジです。
「英空母の極東常駐には日本も口添えはすると思う」
木村:イギリスの空母打撃群がインド太平洋に常駐するとなると相当おカネがかかると思うのですが。
香田氏:日米同盟のようにがっちりと組まないと、受け入れ国がどの国であろうとも、空母の常駐を前提とした受け入れは難しいと思います。この観点からは、イギリスが相当大きな宿題を抱えます。
政治を抜きにして物理的な能力から一番可能性があるのはシンガポールのチャンギですが、それがシンガポールの国策に合うかどうかです。
木村:シンガポールはアメリカと中国の両睨みになっています。
香田氏:今の中国の対外政策は相当ひどく、各国の心は中国から離れてはいますが、イギリスの空母常駐を受け入れるかどうかとなると別の話です。能力的にはマレーシアのルムットもあります。
ベトナムは西側に加わろうとしていますが、英空母を受け入れるとなると、同盟あるいは軍事協定を組まなければならず、これはベトナムの国策とは異なります。
フィリピンのスービック湾も、能力的には十分ですが、政治経済面からみるとなかなか難しいので、イギリスにとってはクリアするハードルが高いと思います。
オーストラリア西岸のスターリング海軍基地も候補ですが、これは両国の話し合いいかんでしょう。
日本も、イギリスに建設的な口添えはすると思います。
香田洋二(こうだ・ようじ)氏
筆者撮影
元海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。09年から11年まで米ハーバード大学アジアセンター上席研究員。
(つづく)
木村正人在英国際ジャーナリスト
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002〜03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com