9月28日、私が代表を務めるインデックスコンサルティングと私が関係する3社団法人(注)が主催・協賛し、フランスの思想家・経済学者のジャック・アタリ氏を招いたオンラインシンポジウムを開催しました。
「中国政府に対する国際的な信頼は失われた」と語るジャック・アタリ氏。さらに、社会保障制度が充実していないため、内需拡大を再起動できないとも言う。写真は中国の茶畑で働く労働者
注:一般社団法人建設プロジェクト運営方式協議会、一般社団法人環境未来フォーラム、一般社団法人PPP推進支援機構
新型コロナウイルスの感染拡大によってわれわれの日常は一変しました。ロックダウンによって経済は止まり、「三密」、言い換えれば賑わいを前提としたビジネスは修正を余儀なくされています。ウィズコロナ、あるいはアフターコロナの時代に働き方やコミュニティ、ビジネス、国際情勢はどのように変わるのか。それに対するアタリ氏の視座を幅広く共有すべく、アタリ氏の講演録を公開したいと思います。
願わくば、アタリ氏とその後のシンポジウムの話を聞いて、感染症と共存する時代に地球規模の課題にどう立ち向かうか、それぞれが考えていただければと思います。それでは2回目をどうぞ(1回目はこちら)。(インデックスコンサルティング代表取締役、植村公一)
■ コロナ危機で国力を落とす米国と中国
今回の危機が地政学や人々の考え、科学技術におよぼす影響は計り知れないと思います。まず、地政学的な影響に関する私の見方を述べます。私は、これまでに確認できる2つの傾向が加速すると睨んでいます。
一つめの傾向は、米国の国力が相対的に低下するということ。そして、もう一つの傾向は、米国が国際舞台の中央から退き、自国内に山積する問題の解決に専念するようになるということです。
今回の危機によって、米国では社会の深刻な貧困や世帯の過剰債務、数百万人の路上生活者の存在が明らかになりました。老朽化したインフラ設備と脆弱な社会保障制度も、米国が内政に専念しなければならない要因です。
次に、中国に関してですが、一般的な見方とは反対に、私はこの危機によって中国の力は弱まると考えています。
■ 中国が超大国になれない理由
第一の理由として、中国政府に対する国際的な信頼は失われたということを指摘しようと思います。というのは、今回の世界的な危機に責任を負う中国は、世界に対して真実を隠したからです。
もう一つの理由として、人口の高齢化が進む中国では、社会保障制度が充実していないことが挙げられます。
日本やヨーロッパ諸国などの裕福な国で暮らす国民の老後とは異なり、貧しい国や社会保障制度のない国で暮らす国民の老後はきわめて悲惨です。こうした事態こそが、現在、中国で起こりつつあることです。
また、中国経済は内需拡大を再起動させることができないと思います。頼みの綱は外需ですが、先ほど述べたように、外需がすぐに回復する見込みはありません。
したがって、私は中国がこの危機の勝者になるとは思いません。むしろ反対に、中国はこの危機の犠牲者になる。もちろん将来的に中国が大国になるのは間違ありませんが、私は中国がアメリカに代わる超大国になるとは思いません。
■ 欧州が米国から自立すれば超大国の候補だが
歴史を振り返ると、資本主義のリーダーとしての超大国の座は18世紀末にオランダから英国へ、そして20世紀初頭に英国から米国へと移りました。
中国が超大国になれない理由は、先ほど述べた理由に加えて、中国社会の文化的な特徴に原因があるからです。
中国社会の第一目的は、国内を支配することであって世界を統治することではありません。今後、中国はアメリカと同様、ますます内政に専念することになるでしょう。
米国と中国という二つの大国の勢力の低下は、世界にとってきわめて危険な兆候です。これは史上初の超大国なき資本主義世界と言えます。米国は超大国になりたくてもその役割を果たせない一方、中国はそもそも超大国になるつもりがない。仮にあったとしても、超大国にはなれないでしょう。
では、ヨーロッパはどうか。現在の最大勢力であるヨーロッパが超大国になることはあり得るのでしょうか。ヨーロッパ人の生活水準は世界一です。もちろん、日本が超大国になることも考えられる。
ただ、それなりの軍事力をもたない限り、超大国になることはできません。超大国には軍事力が必要です。日本が軍事大国になることができなかったのと同様に、ヨーロッパが軍事大国になることはきわめて困難だと思います。
ヨーロッパが「われわれヨーロッパ人は誰も頼りにすることができない。アメリカがわれわれを守ってくれることなどあり得ない」と悟るのなら、話は別です。
ヨーロッパがこのような悟りを開くのなら、ヨーロッパは充分な予算、本格的な政府、優秀な軍隊、経済発展を実現できるはずです。でも、そこまでに至る道のりは長い。いずれにせよ、ヨーロッパが21世紀の超大国の候補であることは間違いありません。
■ あと数年もすればGAFAMの解体は不可能に
21世紀は国ではなく、企業が超大国の役割を果たすのかもしれません。市場経済が世界規模になる一方で、国際法の整備は進んでいない。そのため、世界規模で活動する大企業が政府よりも力をもつことは充分に考えられます。
こうした傾向は、アメリカの巨大IT企業、GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)や一部の中国企業において、すでに確認できます。
今日、アメリカ、ヨーロッパ、そして中国の政府は、自国企業を制御する力をまだ持っています。ただ、現在はまさに転換点にあり、あと数年もすればアメリカ政府がGAFAMを解体することは不可能になります。国は、自分たちよりも強靭になるこれらの企業の力を削ぎ落すことができなくなるのです。
もしそうなれば、これらの企業は世界のリーダーになり、国に代わって世界を支配するようになるでしょう。今日、これらの企業はすでにそうした力を持っていますが、国は立法権を武器にして何とかこれらの企業を制御している状態です。
■ 世界はエネルギー経済から情報経済に
これらの企業はいかにして巨大な力を手にすることができたのでしょうか。その主な理由は、エネルギー経済から情報経済への移行が一般に思われている以上の速さで進行したからです。
私が40年前から力説してきたように、エネルギー経済に代わり、情報経済が台頭する時代がついに訪れたのです。その理由は、ご存じのようにエネルギーが気候変動に深刻な影響をおよぼすからであり、情報分野においてすさまじい技術進歩があったからです。
現在の経済活動において情報は必要不可欠です。よって、インターネットやAIを駆使して情報を操作する技術を生み出す企業は莫大な権力を手にしました。黎明期にあるこれらの技術は、すでにわれわれのコミュニケーションや製造業の生産工程に著しい影響をおよぼしています。
私は、GAFAMをはじめとする情報技術やAIをつくる企業が明日の勝者になると確信しています。将来、これらの企業は巨大な権力を手中に収めるでしょう。
■ テレワークは企業の味方か?
さきほど述べたように、今回の危機は、すでに起こりつつあった数々の変化を加速させる促進剤です。この促進剤は地政学的な変化も加速させます。今回の危機は、アメリカと中国の衰退を引き起こしたのではなく加速させたのです。人口の高齢化、そして情報技術を担う企業が権力を握るという傾向も同様です。
巨大IT企業がこれまで以上に躍進するようになった理由として、今回の危機が始まった直後から人々の働き方が情報技術によって大きく変化したことが挙げられます。現在では多くの人々がテレワークで働けると考えています。テレワークは特別な働き方ではなくなりました。
先進国では、サービス業だけでなく製造業においても50%近くの就業者がテレワークで働くようになるのではないでしょうか。そのためには、情報インフラの拡充と同時に、企業形態を抜本的に変化させる必要があります。企業風土の変化もかなり以前からあった傾向です。すなわち、全員が自宅で一匹狼となって働くという、個人主義の台頭です。
一般的に、市場経済では孤独、個人主義、利己主義が有利に働きます。一方で企業は孤独を好む人々の集まりではありません。テレワークを推進し過ぎると、社員の忠誠心にばらつきが生じ、さらには忠誠心そのものが失われることが考えられます。そうなれば、社員は会社への帰属意識と共通のプロジェクトに対する意欲を失うでしょう。この共通のプロジェクトこそが会社の推進力なのに。
情報技術はテレワークの推進に大いに役立つと同時に、共通のプロジェクトをつくり出す集団を解体する恐れのある諸刃の剣と言えます。ビデオ会議によって、会社の会議室での生の議論と同じレベルの独創力を生み出そうとするのもかなり難しいでしょう。
私は、企業内において最も重要な場はコーヒーマシーンの前やカフェテリアだと考えています。役職に関係なく社員が偶然に出会う場でこそ、独創性が生じるのです。企業はテレワークによって失われる部分を補填しながら労働組織に新たな均衡を見出さなければなりません。
情報技術の拙速な導入には危険がともなうという事実は、労働だけでなく、個人の暮らし、ビジネス、流通にも当てはまります。医療や教育などにおいても遠隔化が進み、情報技術はこれまで以上に大きな力をもつようになるでしょう。(3回目に続く)
(翻訳:林昌宏)