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新型コロナウイルスが猛威を振るう中でも、コールセンターで働く人の多くは3密(密閉・密集・密接)環境を強いられている。この過酷な実態が、KDDI子会社と従業員の間のトラブルで露呈した。コールセンターは情報管理が重要だから、密室での勤務はどうしようもない。そんな常識を覆し、コールセンターを全面的に在宅化した企業がある。その背景は、あらゆる企業の経営層が知るべき深いものだった。(ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)
出勤者はすでに「ゼロ」
在宅化はこうして実現したコロナ禍の中でコールセンター業務の全面在宅化に踏み切ったのは、スイスの保険大手、チューリッヒ保険の日本法人。チューリッヒのコールセンターは東京、大阪など全国4都市にあり、オペレーター約500人が働いていた。
コロナ対応としての在宅化が始まったのは、緊急事態宣言が発令された翌日の4月8日。東京と大阪の2拠点の在宅化から始まり、現在は約500人のうち95%が在宅で働いている。残る5%も、業務に必要な機器を準備中などの事情で、在宅で待機している状態だ。つまり、コールセンターに出勤している人はすでにほとんど「ゼロ」なのだ。
業務は在宅でどう行われているのか。チューリッヒは今回、在宅ワーク用の機器としてオペレーターに通話用ヘッドセット、パソコン、Wi-Fiルーター、スマートフォンの4点を貸与した。これらのほかに、業務に適した机やイスがないといった人には、必要な物品を購入する目的の金銭補助(金額は購入品目にかかわらず一律同額)をしている。
オペレーターはスマホで保険契約者などからの電話を受けるが、発信元の電話番号はスマホには表示されない仕組みだ。また傍受されないよう、通話内容には暗号化が施されている。オペレーターは契約者などとのやり取りをパソコンから社内システムに記録するが、仮想デスクトップのソフトウエアを使うことで、オペレーター側のパソコンには情報が一切保存できないようになっている。
こういった情報セキュリティー策を徹底するには、オペレーターに通常とは異なる手順を覚えてもらう必要がある。そこでチューリッヒは3月のほぼ1カ月間を使い、オペレーター全員に在宅業務研修を実施した。
研修が始まった当時は、新型コロナに対する警戒感はまだそんなに高くなかった時期。オペレーターの間からは出勤による感染を恐れる声より、「自宅で仕事をするのは難しい」と在宅を疑問視する意見が目立ったという。つまりコールセンターの現場が感染への不安を訴えるより早く、会社側がリスクを認識し、対策に乗り出したのだ。
「箱より人」が
経営にとって重要だチューリッヒの危機対応が速やかだった背景には、長年にわたる経緯がある。
チューリッヒはグループ全体では世界約215カ国で業務を展開しており、進出先国によっては災害やテロ、大規模停電、そして感染症の流行といったリスクが高い地域もある。このため、どんな不測の事態が起きても業務を途絶えさせない対策を、2000年代前半からグループ全体で模索してきた。一般にBCP(事業継続計画)と呼ばれているものだ。
特に日本は東日本大震災のような大規模災害が実際にあったし、東京五輪の期間中は首都圏のオフィス勤務が難しいことが明らかだった。チューリッヒは12年には日本法人全社で、仮想デスクトップを導入。現在は多くの従業員が平時から仮想デスクトップを使って仕事をしており、必要な時にはオフィス以外から働ける環境整備がコロナ以前に整っていた。
コールセンターについては、13年から在宅ワークの仕組みを整えてきた。これは災害対応のためだけではない。コールセンターの現場には子育てや親の介護が必要な女性の従業員が少なくない。この人たちが家庭と仕事を両立し、長く働ける仕組みを作るためにも、在宅対応の必要性が認識されてきたという。
こういった取り組みの中で、チューリッヒは重要な「気づき」を得る。
「最初は箱、つまり堅牢なオフィスをいくつ準備すれば業務を継続できるかを議論していた。だが箱があっても、働ける人がいなければ業務は続けられない。これに気づいてから論点は“箱より人”になり、誰もがどこでも働ける体制作りを目指してきた」。チューリッヒ広報部の武市陽子氏はそう説明する。
“人”については、実はチューリッヒのコールセンターで働く人には、ほかと異なる点がある。大半がチューリッヒに直接雇用されている従業員なのだ。正確な比率は開示されなかったが、派遣のような間接雇用の人はごく一部にとどまり、圧倒的多数が正社員や契約社員などの直接雇用者だ。
長く働いてもらうほうが
サービスの質が上がる携帯電話やインターネット通販といった業界では、コールセンター業務を外部の企業に委託し、自社の従業員ではない人がオペレーターを務めていることが多い。現場で働く人の労働環境に責任を負うのは下請け企業だが、下請けは顧客企業の要望をより重視してしまいがちだ。
では、なぜチューリッヒは下請けを使わず、オペレーターを直接雇用しているのか。最大の要因は保険業法が業界企業に対し、保険商品の販売や契約といった業務部門を直接運営するよう求めていることだ。これは携帯電話やネット通販のような業界にはない条件だ。
ただ、保険業界でも、コールセンターを自社で運営しているが、実際に働く人は派遣労働者のような間接雇用ということはある。にもかかわらずチューリッヒが直接雇用を重視しているのは、「自社の従業員として長年働いている人のほうが、契約者に対するサービスの質を上げられる」(広報部・武市氏)という考えによる。
チューリッヒは日本では、電話やインターネット経由でサービスを提供するダイレクト販売の専業である。対面営業はなく、コールセンターこそが保険契約者と自社を結ぶ重要な窓口となっている。この重要部門で働く人にはなるべく長く働いて、知識とノウハウを蓄積してほしい、と考えるのは合理的な経営判断だ。この経営判断が雇用形態や、前段で紹介したようなオペレーターの柔軟な働き方につながり、今回の全面在宅化も支えている。
つまりチューリッヒがコールセンターの宿命と考えられがちな3密からオペレーターを「解放」できたのは、経営にとって最善の選択を積み重ねた結果だ。オペレーターの健康と雇用を守る在宅化は、同時に経営そのものを守っているといえる。コロナ危機を経た今、日本の多くの企業は、3密空間でしか維持できないコールセンターを見直すだろうか。
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