2020年は中国・武漢から始まった新型コロナウイルスの感染拡大で世界が一変した。中国政府はパンデミックの責任回避に躍起だが、同国ではコロナ以外の感染症がいくつも報告されており、歴史的に見ても、中国内陸部から世界に拡散する感染症は今後ますます増える可能性があると、作家の譚?美氏は指摘する。
【画像】軍事機密!日本陸軍が作成した感染症のイラスト図
中国奥地に無数にある
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。
2020年12月8日、新型コロナの発生源を調査中の世界保健機関(WHO)の専門家であるピーター・ベンエンバレク氏は、NHKのインタビューに答えて、「コロナは中国雲南省の洞窟で発源した模様」という分析結果を公表した。2013年に中国雲南省のコウモリが生息する洞窟で発見されたウイルスと最も近い種類だという。
中国政府は、新型コロナウイルスは国外から持ち込まれた可能性が高いとして、最初は「米軍が故意に持ち込んだ」、次には「輸入食品の包装が汚染されていた」などとして、「イタリア起源説」、「スペイン起源説」などを盛んに流布して、パンデミックを引き起こした責任を回避しようと躍起になっているが、そんなことを本気で信じる人はおそらく誰もいないだろう。
中国政府がいくら「中国起源説」を否定しても、新型コロナウイルス以外の感染症がいくつも報告されているし、歴史的にも、中国奥地の、特に雲南省で発生する感染症が無数にあるからだ。
まず、現在の状況をみてみると、今夏、新型コロナ感染による都市封鎖が解除された後、急速に「手足口病」が流行しはじめた。
「手足口病」は、夏に流行するウイルス性の感染症で、通常は乳幼児がかかりやすい。高熱は出ず、口の中や手足などに水疱性発疹が出て、数日内に治癒するが、まれに髄膜炎、小脳失調症、脳炎など中枢神経系の合併症や、心筋炎、神経原性肺水腫、急性弛緩性麻痺などを引き起こす。
中国では、2018年の罹患者が237万6000人に達し、感染症の第一位だったが、2020年の夏以降、また爆発的に増えている。
ひとりの感染者が他人に感染させる力は「基本再生産数」で示される。最も感染力が高い麻疹が12〜18、百日咳が12〜17、新型コロナウイルスが1.4〜2.5なのに対して、手足口病は4.2〜6.5と、新型コロナウイルスの3倍も高い。
重慶市衛生健康委員会が2020年11月に発表した重慶市の例では、法定伝染病にかかった患者総数2万3104人(死者134人)のうち、約半数の1万891人(死者1人)が手足口病だという。しかも、大人がかかった後に、子供に感染するケースが増えている。
発覚までに一年かかったブルセラ症
ブルセラ症という耳慣れない感染症も発生した。
中国の独立系メディア「財新」(2020年9月16日付)によれば、中国内陸部の甘粛省蘭州市で、2019年7〜8月にかけて、動物用のブルセラ症ワクチン工場から菌が漏えいし、周辺住民ら3000人以上が感染した。
工場で使用期限切れの消毒剤を使用し、滅菌が不十分だった排気が工場周辺に漏れ出たための事故だが、工場のずさんな管理体制に加えて、地方政府の隠蔽体質により、発覚するまでに一年もかかった。
ブルセラ症は、牛や豚など家畜に多い感染症だが、人にも感染し、発熱や関節痛などの症状が出て、放置すれば致死率は5%ほどとされる。
雲南省では、新型コロナウイルスとは別種の、ハンタウイルスの感染も確認されている。中国の英字新聞「グローバル・タイムズ」(4月24日付)によれば、雲南省在住の男性が死亡し、医師が検査した結果、ハンタウイルスへの感染によるものと分かった。
ハンタウイルスには様々な種類があり、主として齧歯目(げっしもく)動物であるネズミの尿や糞、唾液に触れることでヒトに感染するが、ヒトからヒトへは感染しないため、新型コロナウイルスのように拡散することはない。
だが、感染すると、約1週間から8週間の潜伏期間を経て発症し、倦怠感や発熱、太ももや腰、臀部、肩などの筋肉痛、めまい、頭痛、嘔吐、悪寒などがあり、放置すると激しい息切れと咳、呼吸困難に見舞われる。
治療法やワクチンがないため、対処療法の酸素吸入しか方法がない。野生動物が住む原生林や不潔な屋外などで感染するため、常に住環境を清潔にしておく必要があるという。
もうひとつ。新型ブニヤウイルスという感染症も報告されている。最初に流行したのは2010年で、感染報告があがったのが2011年だが、2020年春、江蘇省、山東省、浙江省の一部地域で感染が確認された後、8月からに次第に増加してきた。
新型ブニヤウイルス感染症は、主としてマダニに噛まれることで発症し、介助者や家族が患者の体液や血液に接触することで、二次感染が起こる例が報告されている。
国際感染症センターがまとめた資料によると、日本でも2005年に感染例があり、2013年に感染報告があがり、幅広い地域にマダニが生息していることが確認されている。
5月から8月に感染することが多く、6日から14日間の潜伏期間を経て、38度を超える発熱のほか、嘔気、嘔吐、下痢、下血、腹痛など消化器系の症状があり、頭痛、筋肉痛、出血症状、リンパ節の腫脹などがあり、肝機能が低下する。軽症なら約2週間で自然治癒するが、重症化すると臓器不全に陥り、命の危険にかかわるが、治療薬がなく、対処療法が中心になる。
かつて新型ブニヤウイルス感染症がまだ認知されていなかった時期には、HIV(エイズウイルス)感染に似た症状のため、俗に「陰性エイズ」とも呼ばれた。
以上、ざっと挙げただけでも、現在、中国では新型コロナウイルス以外にも、さまざまな感染症が報告されているが、歴史的に見ても、中国の内陸部では「風土病」と呼ばれる感染症のオンパレードだ。
日本陸軍も中国の感染症に戦々恐々
次の図をみていただこう。
「雲南省東南部獣疫濃染地帯概要図」と題された、戦前の日本陸軍が作成した感染症のイラスト図である。
「ナショナルジオグラフィック」(2016年8月4日付)に掲載された「米国で見つかった日本の軍事機密『地図』14点」のうちの1枚だが、米国の国立公文書館に所蔵されていたものが、最近になって発見された。
図の右下、赤枠で囲まれた「備考」欄には、「本図ハ広西年鑑(民国二十二年)、畜牧月刊(民国二十四年)、統計月刊(民国二十三年)、印度ト南洋(大阪市役所産業部編)ナドニ據リ作成セルモノトス」とある。中華民国二十四年は、西暦1935年だから、少なくとも1935年か翌年に作成されたものだろう。
右上には「附図第十五」とあり、関連する地図が複数枚あったことを意味している。
図の下半分に、「仏領印度支那」の文字があり、海岸線から西へ鉄道が長く伸びて、雲南省の「南雲」まで達している。これは「援蒋ルート」と呼ばれ、中国の蒋介石軍を援助するために米英が物資を運んだ4つの輸送ルートのひとつ、「仏印ルート」の鉄道路線である。
「仏印ルート」は、当時フランスの植民地であったフランス領インドシナ西部のハイフォンに陸揚げされた物資を、昆明まで鉄道で輸送するためのもので、1940年にフランスがドイツに敗北し、ヴィシー政権が成立すると、日本軍が仏印北部へ進駐したことで遮断された。
翌1941年、日本軍がさらに仏印南部に進駐したことで、日米関係が決定的に決裂し、太平洋戦争が起こるのである。
さて、この図は、日本軍が「援蒋ルート」を遮断し、中国大陸の奥深くまで侵攻しようと計画した前段階の時期に、雲南省でどんな感染症が流行っているかを、町や村ごとに詳細に書き込んだものらしい。
赤い文字で書かれた感染症の名称をあげると、「豚コレラ」、「家禽コレラ」、「牛疫」、「流行性感冒」、「炭疽(たんそ)」の5つがある。
「牛疫」は、牛疫ウイルスによる感染症で、偶蹄類動物である牛、水牛、羊、山羊、豚、鹿、イノシシなどが感染し、高い致死率を示す。今日では、牛肺疫、口蹄疫、アフリカ豚熱などと共に殺処分の対象になっている。国連食糧農業機関(FAO)が撲滅キャンペーンに乗り出し、2011年6月に世界的な撲滅が宣言された。
「炭疽」は、炭疽菌による感染症で、羊や山羊などの家畜や野生動物の感染症だが、ヒトに感染する非常に危険な人獣共通感染症である。数年前に米国の国家機関に宛てて、炭疽菌が入った封筒が届けられたことがあり、テロ事件だとして大騒ぎになったことを覚えている人も少なくないだろう。
こうした感染症が雲南省の町や農村にうようよ存在しているのだから、日本軍にとっては、戦闘以前に感染症で落命してしまう危険性が非常に高く、戦々恐々としたはずだ。
もっと古いところでは、『感染症の中国史 公衆衛生と東アジア』(飯島渉著、中央公論新社、2009年)によれば、19世紀末の中国は劣悪な栄養と衛生状態にあり、海外との貿易が拡大したことにより感染症が猛威を振るい、雲南省の風土病であったペスト、コレラ、台湾の水田耕作によるマラリア、日本住血吸虫病などの感染症が、香港や満洲を経由して、世界中に広がっていったという。
詰まるところ、中国内陸部には、細菌やウイルスをもった野生動物や村の家畜、家禽類がいて、そこへ森林開発などで人間が入りこんで接触すると、ヒト感染が起こる。さらに社会のグローバル化、水害、干害、戦争などが加わると、感染症は世界中にばらまかれるという図式である。
それは今も昔も変わらないし、気候変動も大いに関係している。2020年夏に中国を襲った長雨と集中豪雨、泥にまみれた被災地域、枯れた農作物、病害虫の入った餌を食べて病気になった家畜なども、感染症を助長させているだろう。赤痢、ジフテリア、結核も増加傾向にあり、温暖化でマラリアの流行地域が拡大して、世界的に流行する可能性も高い。
中国で発生する感染症は、新型コロナウイルスだけでなく、今後ますます増えるのではないか。
Romi Tan