「久しぶりですね。懐かしいな。『婦人画報』とは長い付き合いです。よくいらした」。開口いちばんの言葉にすでに「もてなし」がある。「なごみ」がある。「やさしさ」がある。新春インタビューは茶道裏千家15代・前家元、千 玄室さん、聞き手は作家のいしいしんじさんです。
撮影=森山雅智
裏千家「今日庵」。 通されたのは「又新(ゆうしん)」という立礼席。大広間であれ小間であれ、茶室という空間は、入るたびに、膨らんだり縮んだり、こちらの鼓動に合わせ呼吸するようにみえるものだが、今日、この場所は、部屋自体、道具、光や音まで、すべてがあるべき場所に整えられ、こころから落ちついてみえる。あたたかみのある、緑色の闇。その闇をついて、いや、自然にひらいた闇のむこうから、すうっと山があらわれる。 霧が晴れるように。まるではじめからそこに立ち、すべてを柔和にみまもっていたかのように。
「さあ」山が口をひらく。闇がどっと動き、みえない光が渦巻く。
「なにから話しましょうか」裏千家前家元、千玄室大宗匠が、目の前に座っている。
大宗匠は山。世界を柔和に見つめる山
撮影=森山雅智
コロナね。見えないウィルス。みんな怖がってますね。でも、こんなもんじゃない。はっきりいって、これからますます出てきますよ。いろんな菌が、もっともっと出てくると思いますよ。
人間が原因を作っているんです。
科学文明の発展ね。たしかに便利よくなりましたよ。スイッチひとつでいろんなことができる。
でもね、人間をおろそかにしてはいけません。人倫、道徳の道にはずれるから、コロナが蔓延する。クラスターが起こってるのに「俺はもう大丈夫や」ってね、手前勝手な思考が、いろんなことを起こすんですよ。
「おもてなし」「おもてなし」てね、だいたい、口にだしていいすぎ。
自分でね、お湯湧かして。お茶を点てて「どうぞ」。
これですよ。世界じゅうの民族がこのこころを持つなら、コロナを、病魔を、戦争を、人類で克服できるんです。
ごく狭い茶室で主客顔をつきあわせ、一碗の茶をいただき、長い長い時空をともに過ごす。茶はそのうちに元来「密」の契機をはらんでいる。ウィルス禍のもと、そのかたちを変えざるを得ない、と、前家元が話すのだから、その辺りの話題からはじまるのかと思っていた。が、スケールが違った。山裾を冷たい雨が濡らす。大宗匠は、いま、人類の未来をこころの底から憂いている。
ポンポン、宇宙にいろんなものを打ち上げるでしょう。温暖化も含めて、そら、汚れますよ。いろんな菌が、病魔が発生するのが当たり前。
地球を、もったいないものと思っているのなら、それを、壊すようなことしたらあきません。「地球は生きてるんだ」て、ジェームズ・ラブロック博士がいうてます。木も土も、息をしてるんだよ。それを掘り返したり、傷つけたりね。
地球の生存に、僕たちは感謝しないと。ラブロック博士にお茶をさしあげたときね、茶碗を持って「ラウンド」といったんですよ。「まるい」って。これは地球やと。この中に、お茶が、グリーンが入ってる。いま地球からグリーンがなくなったらどうなりますか。
ドイツのヴァイツゼッカー元大統領もいってられましたよ。「お茶の緑はいい。自然だから」って。
自然との、共生。情(なさけ)をもってね、相手への思いやりをもって。日本の国、大和の国は、本来、そんな風にできあがってきたんです。
「ウイルスより怖いのは、人間が人間を殺してしまうこと。人間をおろそかにしてはいけません」
撮影=森山雅智
大宗匠の表情が変わる。暖かな風が吹きよせ、景色はおだやかに平らぐ。と、茶室に空がひらく。どこまでも広い青空から、透きとおった春の光が、千の帳のように垂れこめてくる。
大宗匠が、うたっている。
大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ
天(あま)の香具山 登り立ち 国見(くにみ)をすれば
国原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ
海原(うなはら)は かまめ立ち立つ
美し国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は
————–
舒明(じょめい)天皇。万葉集は、読んでも読んでも、読み飽きないね。
中学校でね、僕、先生にきいたんですよ。「奈良に、海なんかないじゃないですか」て。
そしたら先生が「千、海が見えるわけではない。こういう平和な国を創りたい、って、理想をうたっていらっしゃる」って。まほろばの、ひとつの理想郷なんだ。
病魔よりさらに怖いのは、人間が人間を殺してしまうこと。僕はね、「平和」っていう言葉を気安く言うのがきらいなのです。考えてみてください、平和って、どこからうまれてきますか。こんな言葉を、わざわざ使わなくていい世の中にしないといけない。
自分の足もとから戦争ははじまってますよ。そこをね、ちょっと遠慮したらどうか。「お先に、いかがですか」「お茶、いかがですか」って。半歩さがったら、親子の間、夫婦の間に争いは起きません。国と国の間にもね。
なごやかに。やわらぎに。
利休様のお茶は、人間はみんな一緒。侍も貴族も平民も、オール・トゥギャザー。
1951年、アメリカの南部に行ってびっくりしました。電車に乗ると、白人、黒人、ヒスパニック、みんな別々。お弟子になった黒人の子がホテルまで送ってくれたのですけど、入り口のところで立ち止まってね、「私たち、中に入れません」って。胸がつまったね。
サンフランシスコのお茶席でも、白人の弟子たち、黒人に対して見る目が違う。僕はいったんです。「一緒ですよ。人間を色分けするのはおかしい。私の祖先は、そういうのをなくすためにお茶の道を創ったんです」。みんなわかってくれて、一緒に入りました。
共生っていうことでいえば、コロナもね、ある意味オール・トゥギャザー。アジアだけじゃない、全世界が一緒になった。世界人類が一致して闘う。ね、オール・トゥギャザーだ。これから先、新しい未来が、うまれ、育っていくと思うよ。
「新しい生活様式」を迫られる、いうのは、たしかに、不便かもしれない。けれど、そこに差別はない。生存して一体化していけば「新しい世界」がやってくる。そこで大切なのは、ソートフルネス、思いやりですよ。
これまで、地球を何周まわってきたか。64カ国、世界じゅうどこにいっても、一碗のお茶をいただけるようにしてきたつもりです。ありがたいことです。
「ひとりひとり、この国をよくしていこうという気持ちをもっていてほしい。これは遺言。お願いしますよ」
撮影=森山雅智
日本人として、日本人らしさを大切にしてほしいですね。
規律正しさ、姿勢ね。毎朝4時に起きて、8時には寝ます。きちっとした時間帯じゃないといやなのです。
なにかの会合が5時から始まったとしますね。僕、6時半にはもういません。消えてます。「アラン、ドロン」と。
歩きかた、お辞儀の姿勢、最近、あれはなんですか、というの多いですね。節度がない。何事も、礼節ですよ、手を合わせて「いただきます」「ごちそうさま」、これですよ。
ひとりひとり、この国をよくしていこうっていう気持ちを持っていてほしい。僕は、危惧してます。危惧ですんだらいいですけどね。
これ、遺言です。ぜひ、お願いしますよ。
—————
大宗匠との対面を終え、深々と気づかされたことがある。僕も、家族も、行きかうひとびとも、あなたも、皆すべてが、地球という器に住まう、全人類のうちのひとりなのだ。
せんげんしつ◯1923年京都生まれ。茶道裏千家15代・前家元。同志社大学卒業。ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程修了。文学博士。哲学博士。1949年に大徳寺後藤瑞巌老師のもとで参禅得度。1964年に裏千家今日庵庵主として宗室を襲名。2002年に嫡男・千宗之に家元を譲座し、玄室と改名。文化功労者・文化勲章受章・外務省参与・ユネスコ親善大使・日本国連親善大使。
いしいしんじ◯1966年大阪府生まれ。作家。京都大学文学部卒業。1994年『アムステルダムの犬』でデビュー。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲治文学賞、2012年『ある一日』で織田作之助賞、2016年『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞。ほか茶人を巡る随筆『且座喫茶』など。蓄音機で聴くレコード鑑賞が趣味。